
厚生労働省の人口動態調査では1984年の73名の死亡者をピークとして徐々にですが減少傾向を続けているようです。それでも毎年死亡者だけで20名前後がハチ毒の犠牲になって亡くなっています。
蜂に刺されることによる死亡事故のほとんどは山村やその周辺で多発している。こうした場所では医療機関が近くになく、速やかな治療が受けられず、手遅れとなるケースが多い。スズメバチに襲われている現場で、救助に行った消防団に防護服などの装備がなく、救うことができなかった事故も記憶に新しい。
そして、死亡の原因となった刺傷はキイロスズメバチかオオスズメバチのいずれかであることがほとんどといわれる。
最近は都市部の住宅の軒先や屋根裏などで営巣するキイロスズメバチが増えていて、死亡に至らない刺傷事故はキイロスズメバチの都市近郊での営巣活動と比例しているようだね。
このような刺傷事故を起こす蜂の針って、どうなっているんだろう。蜂の持つこの武器について調べてみた。
|蜂の針ってどうなっているの?
一口に蜂の針って言うけど、すべての蜂が人を刺すわけじゃない。中には刺さない奴もいるんだから、まずその辺から見ていこう。
刺さない蜂 |
ハバチ、キバチ、クキバチ等の仲間(広腰亜目=こうようあもく:胴にくびれがない原始的なものが多い。) ![]() バラクキバチ これらの仲間は生木や弱った樹木に産卵管を挿し込み、卵を産み付ける木や葉を枯らす害虫であるが、産卵管は毒針としての機能は持っていない。 |
刺す蜂 |
ミツバチ、スズメバチ、アシナガバチ等の仲間(細腰亜目=さいようあもく: 胴が細くくびれている。) ![]() キイロスズメバチ オオスズメバチとともに最も危険なハチ。オオスズメバチがいない西洋では『キラービー』の俗称がある。産卵管が変化した毒針を持つ。 |
そもそも毒針はメスの産卵管が変化したものであるため、針毒を持つ、持たないにかかわらず、オスは刺さない。針がないんですね。でも、『自分に触ると危険だぞ!』と威嚇するために刺す振りはします。手に取ってじっと見なければ僕なんかにはオス蜂かメス蜂かわからないんだよね。だから、オスらしいだけじゃ触る気にはならない。
余談だけど、アメリカ版のYouTubeなんかを見ているとレポーターがわざとスズメバチに刺されて見せるシーンがあります。でも、よく見ると針が出てないんですね。刺す振りしてます。オス蜂です。
刺さない蜂、例えばハバチの仲間は針状の産卵管に平たい鋸状の刻みがついていて、その針で植物の茎や葉に切り込みを入れ、そこに産卵します。産卵管は純粋に卵を産むだけの器官なので武器としての針の役目は持っていません。
また、クマバチのように、いかにもでかくて刺されそうなハナバチの仲間もこちらが握ったりしなければ反射的に刺すなんてこともないんです。危険なのはスズメバチ、アシナガバチ、集団になったミツバチですね。
|刺す蜂の毒針の構造はどうなってるの?
「蜂のひと刺し」って言う言葉がある。昭和56年、世に有名なロッキード汚職事件で無実を主張する当時の現役総理大臣田中角栄に対し、検察側の切り札として証言台に立ち、次々と重大は証言を行った烈女、榎下三恵子女史が記者会見で行った発言で有名になった。「蜂は一度人を刺したら死ぬといわれています。今の私は蜂と同じ心境です。」と証言の確固たる覚悟を述べた言葉ですね。
この、「一度刺したら死ぬ」という言葉が、すべての刺す蜂に当てはまるわけではない。
下の略図は簡便なものだけれど、左がスズメバチの毒針の構造。右端がミツバチのものです。
真ん中の二つはスズメバチの針の動きを表現していますが、基本的にミツバチの針も同じように左右の尖針が交互に上下に動くことによって皮膚に切り込み、中心の毒の針から毒液を注入します。

スズメバチとミツバチの違いはスズメバチの毒針(刺針梢)にはのこぎり状の戻りがなく、皮膚に引っかからないために抜き去って何度も刺すことができ、刺される側のダメージはより大きくなります。

(キイロスズメバチの針)
これに対し、ミツバチの毒針は左右の尖針と密着しており、皮膚に引っかかり抜けなくなります。
その結果ミツバチは抜けなくなった針を中心にくるくる回り、必死で抜こうとしますが、ついに針につながる卵管を含め、内臓をその場に残すことになり、死んでしまいます。
まさに、蜂の一刺しです。(タイミングで抜ける場合もあります。)
皮膚に残った毒の袋は動き続け、脈動し、最後まで毒を注入します。

ところで、このミツバチの針毒は治療に使われえる場合があるの、知ってる?「蜂針療法」って言われて、昔から行われています。専門の療法士がピンセットでミツバチの針を抜き、ツボに刺す。筋肉の反射で針は刺さったまま毒液を送り出すけれど、治療だからわずかな量です。まぁ、薬ってもともと過ぎると毒になるんだよね。
スズメバチの毒の中にも薬として使われる成分がたくさんある。セロトニンとか、ドーパミン、アドレナリン等のアミン類。酵素の中ではプロテアーゼとかね。スズメバチの針毒はこの毒類が混合されている毒のデパートみたいなものだから、まあ、酸素だって濃いと体に毒なんだからね。薬も過ぎると毒になる。
中国では古来ミツバチの針での治療が盛んにおこなわれていて、中医学の病院では「蜂針科」っていう診療科があるんです。
蜂針治療に使われるミツバチは、羽化してから20日以内のセイヨウミツバチの働き蜂だそうです。ニホンミツバチは毒液自体が半部もなくて、治療には不向きなんだって。
|女王蜂には針はあるの?
もちろんメスだし、産卵管があるんだから針もある。でも、スズメバチやアシナガバチの女王蜂は闘わなければならないシーンは、他に戦ってくれる働き蜂がいない春の子育て期がほとんどだ。最初子育てする働き蜂は育ってなくて、女王蜂一匹だからね。
しかも、戦いで傷つけば、せっかく築こうとしている自分の王国が崩壊する。たいていは逃げる方を選ぶ。
|ハチ毒の成分と症状
「刺す蜂」の針には毒があります。種類によって異なりますが、特にスズメバチ科の針毒は痛み・かゆみの原因にとなるアミン類を多く含んでいます。
酵素系の毒は組織障害や赤血球の破壊、アレルギー症状の原因になります。
低分子ペプチド類は同様の症状の他血圧の低下も引き起こします。
また、スズメバチの中でもオオスズメバチの針毒は非酸素系の神経毒であるマンダラトキシンという成分を持っていて、刺されると神経系に異常がおこります。
特に、オオスズメバチは毒針を使うだけでなく、その毒を黒いものに向かって噴射する能力も持っています。人間の瞳も黒いですよね。オオスズメバチは黒い瞳の人種がいる東洋ならではの最大の蜂です。
ただ、誤解してはいけないのは、人間の体に比して蜂の持つ毒はごくわずかだということ。それがスズメバチであっても、アシナガバチであっても、ミツバチであっても、一匹に刺されてただけだったら、人間が死んでしまうことは考えにくい。

それが現実に起こす重篤な症状や死に至る症状を惹き起こすのは、蜂の攻撃が集団化していること。一匹でも、何度も刺すことができるスズメバチ科の蜂がいるということです。
ハチ毒には微量でも激痛を惹き起こす成分が含まれています。
そしてハチ毒を起因として引き起こされるハチ毒アレルギーであるアナフィラキシーショックはハチ毒そのものよりも危険なものです。
アナフィラキシーショックについては以下のリンクに詳しく、ボクも参考にさせていただいております。フローチャートがありますのでご覧ください。
|蜂の針毒から逃れるために
強い毒をもち一度刺しても死なず、その針を何度も刺すことができるスズメバチでも、いきなり攻撃するわけではありません。人間の方から言えば攻撃性が強く、すぐに襲ってくるという印象がありますが、実は彼女たちは自分たちのテリトリーに侵入した我々に対して明確なサインを送っているのです。
- 1段階 警戒行動 人の周囲を、まとわりつくように飛び回る
- 2段階 警戒行動₊威嚇行動 空中で停止し攻撃類似の体制をとる(ホバリング)
- 3段階 強い顎を噛み鳴らし、カチカチという威嚇音を発てる
この攻撃の前兆となる威嚇行動を見落としたり、聞き逃したりしないこと。
決して無視しないこと。時速30キロから40キロで飛翔するワルキューレから逃れるのは難しいし、相手をさらに興奮させるだけです。姿勢を低くし、危難を避けるためにゆっくりとその姿勢のままその場を離れることです。
また、彼らが自分から接近してくることがあります。クロスズメバチやキイロスズメバチは我々の汗の匂いや、ジュース、クロスズメバチは弁当の中の焼き魚とか鶏肉まで目当てに寄ってくることがあります。この場合蜂は、警戒行動はとらず、肌や食物の上に止まろうとします。強く追い払う動作をせず、蜂のテンポに合わせてそっと払うと向こうから離れてゆきます。
オオスズメバチの針の長さは6mmくらいですから少なくても皮膚から8mm程度のゆとりのある服装をしていることが望ましいですね。そのゆとりがあれば蜂の針は皮膚に届きません。蜂を駆除する際の防護衣服はそのゆとりをもって作られています。

都道府県市町村が無料で貸し出すことがある蜂駆除のための防護服セット
|まとめ
蜂の針がどんな構造をしているのか、そもそも刺さない蜂がいることから、その蜂にも共通するメス蜂の産卵管が進化の過程で攻撃にも転用されるようになってきたんです。刺すのは産卵管があるメスの蜂で、オス蜂は比較的体は大きいのですが、そもそも針がないんですね。
「蜂の一刺し」で死んでしまうのはミツバチであり、同じ産卵管が毒針に変化したスズメバチとの針自体の構造の違があることを説明しました。死なずに何度も刺すことができるスズメバチはやっぱり危険ですね。
最近はスズメバチの中で最も攻撃性が強いキイロスズメバチが都市の生活環境にも適応し、その数を増やしています。
開発によって引き離した自然がある意味形を変えて都市を再び取り込もうとしているかのようです。
刺す蜂に対しては、交通事故に遭わないために我々が持つ知識と同じレベルの知識が必要なのかもしれませんね。
おつかれさまでした。 読んでくれてありがとう。